聖マリアの無原罪教育宣教修道会では、子どもたちや若者たちがキリスト教的教育を通して真の幸福を見つけられるようお手伝いしています。

 

福音の分かち合い

 
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深く憐れみ
2015-07-19
マルコによる福音 6章 30−34節

今日の福音は、イエス様の暖かさ優しさがいっぱいに溢れている感じがしました。一生懸命働いた弟子たちを思いやってねぎらい、他の人に邪魔されないように配慮しています。しかしご自分は、どんなに疲れていても、悩みをかかえて集まってくる人をすべて受け入れ、また働きます。弟子に対する思いやりと、人々に対する暖かさが見られ、この福音を読む私たちも暖かい気持ちになります。
さらに、この福音を読んだ上で拝領唱を見ると、また違ったメッセージがこの福音に含まれているようにも思います。「主は仰せになる。『わたしは戸口に立ってたたく。わたしの声を聞き、戸を開くなら、わたしは中に入って、その人と食事をともにする。』」イエス様は悩む人を一切拒まず、すべての人々を受け入れて癒してくださるけれど、イエス様に寄りすがっていく私たちも、自分の心の扉を開いて、イエス様を迎え入れているのだと。一方通行なのではなく、互いに行き来する関係が大切なのだと思いました。
 
二人ずつ組にして遣わすことにされた
2015-07-12
マルコによる福音 6章 7−13節

私たちはミサに預かることによって、1週間の疲れを癒し、これからの1週間に向けて派遣される力を受けます。今日の福音では、弟子たちがそのように派遣される場面ですが、その際、杖1本の他は何も持つことを許されませんでした。食料もカバンもお金も着替えも持たないで、手ぶらで出かけるのです。このように出かける旅行は、相当の信頼を神様に対してもっていなければなりません。ただ一つ与えられるものと言ったら、「汚れた霊に対する権能」。当時、病気はその人の罪のため、精神障害は悪霊のためにもたらされると考えられていました。そのため、病気を治すということは、体の癒しのみならず、心の癒しをももたらすものでした。「悪霊に対する権能」というのは、その悪霊に打ち勝って、その人に心と体の癒しを与えるということです。手ぶらで出かけるほどの神様への信頼があれば、おのずと人を癒す力となるのではないでしょうか。手ぶらで出かける必要はないけれど、そんな神様への絶大な信頼をもって、日々の生活へと派遣され、生きたいと思います。
 
預言者が敬われないのは
2015-07-05
マルコによる福音 6章 1−6節

現代の日本において、野球選手やサッカー選手、相撲取りなど、さらには有名な政治家や作家、作曲家などが自分の故郷に訪れた時の人気はものすごい。人々は大喜びで歓迎し、その人の業績を称え、これからも応援する。しかし今日の福音では、それとは対照的に、イエス様は故郷に戻られたとき、故郷の人々から敬われないばかりでなく、理解もしてもらえなかった。「預言者が敬われないのは、自分の故郷、親戚や家族の間だけである」。寂しい、悲しい言葉であるが、同時に喜びも感じる。人々から理解されない分だけ、神様から理解してもらえる。人々から称賛されない分だけ、神様から褒めてもらえる。このように考えると、前者の有名人が、虚しいように感じる。実際、イエス様は故郷に戻られたときにも、人々からの称賛ではなく、人々の信仰を求められた。どんなに理解できない時でも、どんなに馬鹿にされた時でも、信仰だけは大切にしたい。

 
イエス様の暖かさ、優しさ
2015-06-28
マルコによる福音 5章21−43節

今日の福音では二人の人が切実な思いをもってイエス様に近づき、信仰の大切さを教えられ、慰めを受けて癒されるという話です。二人共、なんとかしてイエス様に触れてもらいたく、「あなたの信仰があなたを救った」「ただ信じなさい」と、信仰について言われました。すがりつくような切実な思いが大きければ大きいほど救いの喜びも大きく、信じれば信じるほど受ける恵みは大きいのだということを、この福音から感じます。そして今日の福音は、イエス様の暖かさをとても感じます。出血の止まらない女性に対する暖かさ、会堂長とその娘に対する優しさがにじみ出ているように思います。この福音を黙想することで、そのイエス様の暖かさ、優しさに、私たちも触れることができることを感じました。
 
なぜ怖がるのか。まだ信じないのか
2015-06-21
マルコによる福音 4章 35−41節

今日の奇跡物語は、嵐がおさまったというだけで、人々が神様を賛美する姿や誰かが癒され、救われる様子が見られません。弟子たちも、「非常に恐れ」て、「いったい、この方はどなたなのだろう」という疑問だけが残っています。嵐を沈める奇跡の意味がいったい何なのか、ずっと分からないでいたのですが、今回、「なぜ怖がるのか」「まだ信じないのか」というイエス様の言葉が心に突き刺さる感じがしました。そして、これは奇跡というより、イエス様の弟子たちへの「暖かい思い」のように思いました。イエス様は、自分が一緒にいるのだから怖がらなくても大丈夫、信じて一緒に行こう、と弟子達に訴え続けているようです。そんなイエス様のひたすらな思いが、嵐を沈めるという形で表れたのではないかと思います。どんな困難にあっても、イエス様と一緒なら大丈夫、場合によってはその嵐を沈めてくださるイエス様と一緒なら、嵐の中でも無事に通り過ぎることができるのだという固い信仰をもって生きたいです。

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