聖マリアの無原罪教育宣教修道会では、子どもたちや若者たちがキリスト教的教育を通して真の幸福を見つけられるようお手伝いしています。

 

福音の分かち合い

 
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1万タラントン
2020-09-13
マタイによる福音書 18章 21-35節
 
今日は、1万タラントン借金をしている家来と百デナリオン借金のある仲間の話でした。もちろん神様と私たちのことをたとえている話ですが、私たちが仲間を赦すよりも前に、そして私たちが神様に赦されているよりも前に、私たちは神様に1万タラントンもの借金をしているのだということが、とても印象に残りました。私たちは常に神様から赦されています。しかし、赦されているということは、神様に対して赦していただかなければならないことをしてしまっているのです。返しても返しきれないほどの借金をしているのだということを、忘れないようにしなければならないと思いました。1万タラントンといえば、十数万年分の労働賃金であると言われます。それがどんな借金であるかは別として、私たちにできることはせいぜい、その中から頂いた1タラントンなり5タラントンなり10タラントンなりで設けた、多くても10タラントンをお返しするだけです。すべて、神様から頂かなければ何もできないのに、どうして私たちは我が物顔になってしまうのでしょう。本当に弱い存在だと思います。私たちはこの体も命も才能も時間も能力も、すべて神様に借金してお借りしているだけなのだということを忘れないようにしたいです。そのお借りしたもので、決して神様を悲しませることのないように。。。
 
聖霊降臨
2020-05-31
ヨハネによる福音書 20章 19-23節
 
今日は聖霊降臨の祭日。教会の誕生日とも言われる大祝日。聖霊が私たちにくださるたまものについて黙想しました。イエス様は、「聖霊を受けなさい」と言って私たちに聖霊を送ってくださいました。聖霊、私たちを良い方向へと導いてください。私が道をそれようとする時、正しい道を教えてください。聖霊、何が正しいことなのか、何が神様の望みなのかを教えてください。聖霊、神様のみ旨を行う勇気を私にください。
 
イエス様の道
2020-05-10
ヨハネによる福音書 14章 1-14節
 
「その道をあなたがたは知っている」私たちは、イエス様の道を知らないわけではない、ということを今日は意識させられました。と同時に、すでに知っているのに、なかなか行きつかないのを感じました。生涯の課題として、一人一人が生きているのだと思います。
昨日の福音に続き、フィリポの「そうすれば満足できます」という言葉の裏に、現状に満足していないフィリポの姿を見ますが、私たち自身も不満ばかり抱えているように思います。あれが気に入らない、ああなったらいいのに・・・など。自分がどれほど現状に満足しているかによって、それが幸せのバロメーターになっているように思います。現状に満足している人は、幸福を感じるのではないでしょうか。私たちは幸せである必要があります。目の前にどんなことが起ころうとも、満足してそれを受け入れているかどうか。それこそ、イエス様の道なのだと思います。イエス様は十字架を担われましたが、私たちにとってイエス様の十字架を共に担うことは喜びになるはずです。不満を抱えていては、いつまでたってもイエス様の道は見えてこないでしょう。イエス様は私たちに幸せを与えてくださっています。それを信じることができなければ祈るしかない。一人一人歩む道は違っても、行き着く先はイエス様でありたいと願います。
 
主は共にいてくださる
2020-04-26
ルカによる福音書 24章 13-35節
 
エマオでの二人の弟子は、イエスだと分かった時に、イエスの姿が「見えなくなった」と表現していますが、見えなくなったということは、目に見えないだけでその場にはいるということに解釈できます。自分がこの場面にいたならば、「目が開け、イエスだと分かったが、イエスはいなくなっていた」と表現しそうです。それが、「その姿は見えなくなった」という所に、この弟子たちには、イエスの姿は見えないだけで今も共にいてくださっているのを、心の底から感じていたのではないかと思いました。イエス様は、復活の後ずっと「あなたがたと共にいる」と言ってくださっています。復活のイエス様に本当に出会えば、たとえ姿は見えなくてもイエス様は私たちと共にいてくださっていることが、実感できるのではないかと思いました。普段の生活の中で忘れがちですが、コロナウィルス感染拡大防止のためにミサに預かれず、ご聖体もいただくことができない状況にあります。イエス様を見ることができなくても、イエス様は共にいてくださることを信じる、信仰を試されているように感じます。
 
外に出る勇気
2020-04-12
ヨハネによる福音 20章 1-9節
 
主が墓から取り去られた知らせを、マグダラのマリアから聞いたペトロとヨハネは、外に出て墓へ行ったという、この言葉が印象に残りました。イエス様が亡くなり、弟子たちはユダヤ人を恐れて家に閉じこもっていたにもかかわらず、勇気を出して一歩外へ踏み出す姿を感じました。ヨハネは福音書を書くに当たり、「外に出て」という表現をわざわざ用いたことに、家の中から外に出ることの一大事さを感じました。しかし、一歩外に出ることのちょっとした勇気と小さな行動が、復活の希望へとつながっていくのだと思います。一歩外に出て主のもとへと走る勇気、一歩外へ出て人々に主の復活を宣べ伝える勇気、一歩外へ出て人々に手を差し伸べる勇気が与えられるように祈りたいです。

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