聖マリアの無原罪教育宣教修道会では、子どもたちや若者たちがキリスト教的教育を通して真の幸福を見つけられるようお手伝いしています。

 

福音の分かち合い

 
フォーム
 
預言者が敬われないのは
2015-07-05
マルコによる福音 6章 1−6節

現代の日本において、野球選手やサッカー選手、相撲取りなど、さらには有名な政治家や作家、作曲家などが自分の故郷に訪れた時の人気はものすごい。人々は大喜びで歓迎し、その人の業績を称え、これからも応援する。しかし今日の福音では、それとは対照的に、イエス様は故郷に戻られたとき、故郷の人々から敬われないばかりでなく、理解もしてもらえなかった。「預言者が敬われないのは、自分の故郷、親戚や家族の間だけである」。寂しい、悲しい言葉であるが、同時に喜びも感じる。人々から理解されない分だけ、神様から理解してもらえる。人々から称賛されない分だけ、神様から褒めてもらえる。このように考えると、前者の有名人が、虚しいように感じる。実際、イエス様は故郷に戻られたときにも、人々からの称賛ではなく、人々の信仰を求められた。どんなに理解できない時でも、どんなに馬鹿にされた時でも、信仰だけは大切にしたい。

 
イエス様の暖かさ、優しさ
2015-06-28
マルコによる福音 5章21−43節

今日の福音では二人の人が切実な思いをもってイエス様に近づき、信仰の大切さを教えられ、慰めを受けて癒されるという話です。二人共、なんとかしてイエス様に触れてもらいたく、「あなたの信仰があなたを救った」「ただ信じなさい」と、信仰について言われました。すがりつくような切実な思いが大きければ大きいほど救いの喜びも大きく、信じれば信じるほど受ける恵みは大きいのだということを、この福音から感じます。そして今日の福音は、イエス様の暖かさをとても感じます。出血の止まらない女性に対する暖かさ、会堂長とその娘に対する優しさがにじみ出ているように思います。この福音を黙想することで、そのイエス様の暖かさ、優しさに、私たちも触れることができることを感じました。
 
なぜ怖がるのか。まだ信じないのか
2015-06-21
マルコによる福音 4章 35−41節

今日の奇跡物語は、嵐がおさまったというだけで、人々が神様を賛美する姿や誰かが癒され、救われる様子が見られません。弟子たちも、「非常に恐れ」て、「いったい、この方はどなたなのだろう」という疑問だけが残っています。嵐を沈める奇跡の意味がいったい何なのか、ずっと分からないでいたのですが、今回、「なぜ怖がるのか」「まだ信じないのか」というイエス様の言葉が心に突き刺さる感じがしました。そして、これは奇跡というより、イエス様の弟子たちへの「暖かい思い」のように思いました。イエス様は、自分が一緒にいるのだから怖がらなくても大丈夫、信じて一緒に行こう、と弟子達に訴え続けているようです。そんなイエス様のひたすらな思いが、嵐を沈めるという形で表れたのではないかと思います。どんな困難にあっても、イエス様と一緒なら大丈夫、場合によってはその嵐を沈めてくださるイエス様と一緒なら、嵐の中でも無事に通り過ぎることができるのだという固い信仰をもって生きたいです。
 
神の国はからし種のようなもの
2015-06-14
 マルコによる福音 4章 26−34節

修道院の庭に、からしの木がある。植えた時は本当に小さな種であったらしいが今では立派すぎるほどで、小さな庭から飛び出している。実は、先月、毎年秋には落ち葉がすごく、ご近所に迷惑をかけており、しかも枝が電線にひっかかっていたため、思い切って、共同体全員でばっさりと切り落としてしまった。しかし、1本の枝と一握りの葉っぱだけを残したのだが、1ヶ月経った今は、もうすでに木としてふさわしいほどに葉っぱが茂っている。このからし種の木を神の国にたとえたことに、素晴らしく納得してしまった。神の国は、神様が支配する国である。そこは、からしの木のように命あふれる場であり、暑い日ざしをさえぎってくれ、鳥の巣(私たち)を優しく支え、害虫(悪魔)を寄せ付けず、切られても切られても負けることなく、力強く生きている。神の国は遠いところにあるのではなく、私たちがどのように生きるか、神様中心に、神様に信頼して生きるかどうかなのだと、改めて考えさせられた。すでに私たちは、神様に守られ、神様に支えられ生きている。神の国で生きているのだということを意識していきたい。

シスター おくむら
 
 
取りなさい。これはわたしの体である。
2015-06-07
 マルコによる福音 14章 12−16、22−26節

聖体は、キリスト者としての中心です。聖体は、イエス様が私たちと共にいてくださることのしるしであり、私たちの心と体の糧となるものです。その聖体を私たちに与えられた瞬間。イエス様は「取りなさい」と、ご自分のすべてを与えたこの言葉がイエス様の大きな愛に感じました。この場面が最初のミサと思うと、イエス様の愛が今も続いており、ミサの度ごとに与えられているのだと、嬉しくなります。

―――――――――――――

聖マリアの無原罪教育宣教修道会

名古屋(本部)
〒464-0812
愛知県名古屋市千種区園山町1-56
TEL.052-781-3784
FAX.052-781-3718

(共同体)

TEL.052-782-5850
FAX.052-782-5891

―――――――――――――

岐阜共同体

〒501-2565
岐阜県岐阜市福富201
TEL.058-229-3985
FAX.058-229-3985

―――――――――――――

神戸共同体
〒651-0054
兵庫県神戸市中央区野崎通1-2-11
TEL.078-222-5582

FAX.078-222-5582
―――――――――――――
021364
<<聖マリアの無原罪教育宣教修道会>> 〒464-0812 愛知県名古屋市千種区園山町1-56 TEL:052-781-3784 FAX:052-781-3718