聖マリアの無原罪教育宣教修道会では、子どもたちや若者たちがキリスト教的教育を通して真の幸福を見つけられるようお手伝いしています。

 

福音の分かち合い

 
フォーム
 
ヨハネは悔い改めの洗礼を宣べ伝えた
2015-12-06
ルカによる福音
 
只今、待降節です。典礼の季節に合わせて福音書をよく読みますが、わざと、典礼とは別の箇所を読むことがあります。そうすると全く違った観点から、その福音を味わうことができるからです。例えば、四旬節にイエス誕生を読む、復活節にマリアへのお告げを読む、待降節に受難を読む・・・。今日の福音は四旬節にふさわしい内容でもあるように感じます。悔い改めなさいとヨハネは叫んでいます。でも、待降節に読むと、ヨハネの悔い改めの説教が喜びに満ちているように感じます。これからイエス様は来てくださいます。こんな嬉しいことはないと、イエス様を迎える準備を、ワクワクしながら待っているようです。回心は、自分を振り返って自分の至らなさを嘆くよりも、神様に心を向ける喜びの時なのでしょう。
 
心が鈍くならないように注意しなさい
2015-11-28
ルカによる福音 21章 25-28、34-36節
 
C年、待降節が始まります。「心が鈍くならないように注意しなさい。」この言葉は、今の時代に響いているようです。現代、情報が飛び交い、選択肢が増え、何でも自由に手に入り、何でも自由にすることができ、目まぐるしく時間と空間が過ぎて行きます。流行に遅れないように、社会から取り残されないように、時代の流れに乗るようにと、神経を使う反面、心がどこかに取り残されているように感じます。私たちの周りでは本当にたくさんのことが起こっているのですが、それらを見るあまり心が鈍くなってしまっていないか、時々立ち止まって振り返る必要があると、この福音を読んで感じました。何が本当に大事なのか、自分はこの社会の中で神様にしっかりと目を向けているか、信仰、祈りの生活がないがしろになっていないか、新しい年の初めに考えたいです。
 
 
 
お前がユダヤ人の王なのか
2015-11-22
ヨハネによる福音 18章 33-37節
 
ピラトとイエスのやりとりは、とても不思議な雰囲気があります。話が噛み合っていないようで、イエス様はどんどんピラトの心の奥に入り込んでいきます。ピラトが「お前はユダヤ人の王なのか」と質問しても、イエス様は、ピラトが「イエス様がもし王だったら」と恐れているのを見抜きます。そして、ピラトはイエス様も群衆も恐れているのが、この会話の中からヒシヒシと感じるのですが、その恐れを信仰へと導こうとしているイエス様の姿をもここから感じます。イエス様はいつでも私たちに何かを訴えかけ、私たちを導こうとされています。ピラトは悩みながらも、群衆に対する恐れに負けてしまいましたが、そのピラトをもイエス様は憐れんでくださっているという希望を持ちたいです。私たちは弱い存在なので、時々、何かに負けてしまいます。そんな時でもイエス様は、私たちに語りかけ、暖かく見守ってくださっているのでしょう。
 
天地は滅びるが、わたしの言葉は決して滅びない
2015-11-15
マルコによる福音 13章 24-32節
 
「天地は滅びるが、わたしの言葉は決して滅びない」。このみことばの力強さを感じました。知恵の書には、宇宙の素晴らしさを賛美しながら、その宇宙を造られた方の力強さを賛えているのですが、逆に、宇宙の美しさを見たらならば、その宇宙を造られた神様の素晴らしさをも見なさいと、厳しく訴えています。この知恵の書と今日の福音とが繋がっているように思えました。この世界は素晴らしいけど、神様はその世界を大きく超える方です。たとえこの世界が滅びてしまっても、神様のことばは永遠です。これほど力強いみことばはありません。世界には様々な宗教が数え切れないほどあります。その中でキリスト教が一番正しく、最も優れているというのは傲慢なように感じます。でも、私たちは世界の何よりも勝るキリスト教を信じているのです。私たちの中では、たとえ宇宙が滅びてしまっても、神様のみことばは残るのです。それがどんなに素晴らしいことなのかと考えると、やはりキリスト教を信じている私たちは幸せなのだと、つくづく思いました。
 
幸い
2015-11-01
マタイによる福音 5章 1−12節

幸せとは何だろうと考えてしまいます。ルカは「貧しい人々は幸いである」と言っているのですが、マタイはイエス様にあえて「心の貧しい人々は、幸いである」と言わせています。幸せとは、その人の心の持ち方だと思います。どんな状況にあっても、その人が幸せだと思えば、幸せなのです。でも、ここでいう「幸い」とは、それとはちょっと違うもののように思いました。天の国は、心の貧しい人のものであるから、心の貧しい人に対して、「良かったね」というメッセージを送っているように感じます。悲しむ人がいれば慰めてもらえるんだよ、良かったね。迫害され、悪口を言われても、天には大きな報いがあるんだから、喜んでいいんだよ。これこそ、苦しんでいる人々への福音なのだと思います。あなたたちは幸せなんだよと押し付けるのではなく、どんなに苦しくてもこんな恵みがあるんだよと励ましてくれているように感じました。

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